『アレックス』(2002)や『CLIMAX クライマックス』(2018)など、作品を発表するたびに賛否両論を巻き起こす監督、ギャスパー・ノエ。手掛ける作品には暴力やセックスなどの過激な描写も多く、実験的な手法も取り入れるため〈鬼才〉とも評されています。
そんなギャスパー・ノエが、コロナ禍に撮影した最新作『VORTEX ヴォルテックス』。これまでのイメージを覆す静謐な映画で、「病」と「死」をテーマに〈人が亡くなっていく現実〉を真正面から見つめています。
2023年12月8日(金)からシネ・リーブル梅田での公開を控え、ギャスパー・ノエ監督が来阪。本作の制作過程や自身の体験を交えた死についての考え方など、多岐にわたる話をじっくり語ってくれました。
スプリットスクリーンは、この夫婦を表現するのにちょうどよかった。
―― 最新作『VORTEX ヴォルテックス』は、家庭のなかでの認知症や介護、そこからの死が描かれています。なぜ、このようなテーマを選んだのですか?
10年くらい前にわたしの母親が認知症で亡くなったのですが、実際に身近な人で体験してみると死というのは映画で描かれているようなものとはまったく違っていました。ゆっくりと進行し、最終的には明確な解放があった。
また、2022年にはわたしのはじめての映画に出演してくれた俳優など、何人かの近しい人もコロナや癌などで失いました。いろいろな理由で人が亡くなるのを見ていると、死はすごく近しいものであると感じられたし、それと同時に自分と死との関係性が平穏なものにもなっていった。それらを体験し、「死」を自然なものとする映画をつくりたくなったのです。
―― 本作は二画面構成のスプリットスクリーンで制作されています。
今回の映画をどうやって撮ろうかと考えたとき、以前の作品で使ったことのあるスプリットスクリーンを思いつきました。この映画は夫婦が孤独と向き合っていく話で、2人は同じ場所にいるのに全然つながっておらず、どんどん離れていきます。それを表現するのに2画面で進行するスプリットスクリーンのギミックはちょうどよかった。視覚的にわかりやすいから頭で理解するというより、感覚的に受け取れますから。
―― でも、最初のシーンだけは一画面で構成されていますうよね?
本作は時系列で撮影していて、主人公の2人をカメラ2台で追っています。でも、ファーストシーンだけは一台のカメラです。実は撮影中に(認知症の妻を演じる)フランソワーズ・ルブランが、「自分の頭がおかしくなる前の撮影もしたかった」とポロッといっていたのです。そのシーンがあれば、2人が同じ世界に住んでいっしょにいることを表現できる。すべての撮影が終わったあとに(夫役の)ダリオ・アルジェントに一日だけ残ってもらい、最初のシーンを撮りました。
「これで完璧」とダリオが消えるから、「もう一回撮りたい」といえなかった(笑)。
―― 本作はどのようにしてスタートしたのですか?
ロックダウン中に本作のプロデューサーと話をしていたとき、1ヶ所で完結して登場人物も2〜3人程度の映画だったら撮影できるといわれたのがきっかけ。そのときには高齢化の話や認知症になるキャラクターの構想をもっていたので、10ページ程度の短い脚本を書きました。すぐに撮影できることになり、ロケーションを探したら不思議な雰囲気のアパートを見つけられたので使うことにしました。
―― 著名な映画監督であるダリオ・アルジェントが主役を演じるなど、キャスティングにも意外性があります。
認知症になる妻役を誰にやってもらおうかと考えたとき、フランソワーズにやってもらいたいと願いました。わたしは彼女が出演していた映画『ママと娼婦』(1973)の大ファンなんです。
夫役はダリオがキャラクターにすごく合っていると考え、ローマへ説得に行きました。実は俳優を決めるまで、それぞれのキャラクターの職業を決めてなくて。ダリオをキャスティングしてから、映画評論家という設定はどうだろうかという話になりました。ダリオは映画監督になる前、実際に映画評論家でしたし。
―― 撮影はいかがでしたか?
わたしはどんな作品でも、リテイクを繰り返して撮影する手法をとっています。でも、ダリオは多くても2・3テイクしか撮らないタイプの監督。今回の撮影でも、わたしが何度もリテイクしたいと考えていることを、ダリオはわかってくれないだろうなと思っていました。現に夫が亡くなるシーンでは、2テイクで「いまので完璧だから、これで終了だ」といってどこかに消えてしまい、「もう一回撮りたい」といえなかった(笑)。
でも、亡くなる場面でダリオは本当に苦しそうな音を自分の肺でだしてくれました。あの肺の音はスペシャルエフェクトではなく、リアルな音。あれはダリオしかできません。
―― 本やポスターなど部屋のインテリアも気になりました。
映画評論家の部屋なので、ポスターや本などいろいろ飾りました。映画ポスターに関してはわたしのコレクションです。とはいえ、そのまま使うとなくなってしまうかもしれないので、コピーをとって使いました。
―― 室内の状況にもリアリティがありました。
この映画は4週間かけて時系列で撮影しています。その間に物が増えたり、ゴミが放置されたりして、本当に認知症の人が住んでいるかのように部屋の状態はどんどんひどくなっていきました。ニオイもひどかった(笑)。最後にゴキブリを放つ案もあったのですが、フランソワーズが「絶対にダメ!」だというのでなくなりました。
―― 映画評論家である夫が電話するシーンでは日本の映画監督である「溝口」の名前もでてきます。
タネ明かしをすると、実際は溝口といっていないのです。あの電話のシーンは、すべてダリオの即興。設定だけを伝えて20〜25分ほど話してもらい、そのなかで(フェデリコ・)フェリーニや(ベルナルド・)ベルトルッチ の名前がでてきていました。とてもいい会話でしたが、ダリオとベルトルッチ は実際に友人関係にあります。会話を聞いた観客が“ダリオは個人的な話をしているのではないか”と捉えてしまうのでは? と悩みました。
そこでベルトルッチ と語感の似ている「溝口」にしようと思いつき、ダリオに何回か「溝口」といってもらって音声を差し替えたのです。ベルトルッチと溝口は口の動きが似ているから、誰も気づかないのではないでしょうか。
―― まったく気づきませんでした! この映画はコロナ禍で撮影されています。大変でしたか?
コロナ禍なのでマスクはしているし、距離を保たないといけません。ワクチンも接種しました。朝の9時から夕方の5時までの撮影をきっちり守って、撮影が終わったら誰も残ったりしません。でも、そうやっていても現場ではコロナに感染する人がでてきます。ずっと緊張感がある中で撮影していましたね。
わたしたちは起きている間に夢を体験し、また眠りにつくだけなのでは。
―― わたしはこの映画を観て「この夫婦は死ぬときに幸せだったのだろうか?」と考えてしまいました。監督は夫婦の最期をどう描こうと思ったのですか?
映画によくでてくるような劇的な死ではなく、もっと自然に、体感としてあるものにしたかった。例えば、若年性アルツハイマーの場合、よくあることではないのでドラマティックになるかもしれない。でも、老人が認知症になるのはドラマティックではありません。「死」を親密なものとして描きたかったのです。
―― モデルとなった人はいましたか。
事実に基づいてつくっているわけではありません。ただ、実際に起こったエピソードは少し盛り込んでいます。例えば、認知症だったわたしの母親は、父親の若いころに似ているわたしを父親だと思いこんでいました。だから、実際の父親を見ても「後ろについて回るおじいさんは誰?」といっていたんです。あまりに想像していなかったことだったのでおもしろく感じてしまい、映画のなかでそのまま使いました。
―― 本作には「夢」というワードがたくさんでてきて、キャッチコピーも「人生は、夢の中の夢」という言葉を採用されています。
「夢の中の夢」というのはエドガー・アラン・ポーが書いた詩の有名なフレーズで、ダリオ演じる夫が自分の執筆している本について電話で話しているシーンで登場します。この電話のシーンでは〈映画の中で夢というものがどういう風に機能するのか〉というテーマだけを指定して自由にしゃべってもらったら、ダリオの口からこのフレーズがでてきた。すごく気に入ったので、最後にファーストシーンを撮るときに「もう一度いってほしい」とダリオにお願いしました。なので、最初の場面でも登場しています。
あと、夢については個人的に感じていることがあります。〈毎朝、目覚めたとき、わたしたちは夢から覚めたと感じているけれど、実はこれから起きている14時間の間に夢を体験し、また眠りにつくだけではないのか〉。そういうふうに、わたしは本気で思っています。
「どうしても大阪で上映したい」と条件をだした。
―― (この日のインタビューのあと)大阪で先行プレミア上映および舞台挨拶があります。映画『VORTEX ヴォルテックス』を大阪のファンに届けられる気持ちを教えてください。
東京へは30回以上も来ているのですが、そのたびに「大阪の人はラテンぽいから、(ぼくの作品を)きっと気に入ると思うよ」といわれつづけていました。この映画の東京上映が決まったときにひとつだけ条件をだして、「どうしても大阪で上映したい」と伝えたのです。
―― 初の大阪。もうどこかに行きましたか?
まだ、どこにも行けていません。でも、おすすめは聞いています。わたしは映画のポスターを集めるのが好きなので、ポスターを売っているおすすめの店を教えてもらいまいた。あとは、大阪の風俗がわかる街にも行ってみたいですね。
―― きっと監督にいいインスピレーションを与えてくれると思います。本日はどうもありがとうございました。
ーーーーー
【舞台挨拶レポート】先行プレミア上映会を開催し、大阪のファンとの交流も実現!
11月16日(木)には、映画『VORTEX ヴォルテックス』先行プレミア上映会in大阪を開催。ギャスパー・ノエ監督たっての希望でもあった大阪での舞台挨拶が実現しました。
会場となったのは、12月8日(金)から本作を上映するシネ・リーブル梅田。平日夜の開催でしたが多くのファンが詰めかけ、監督が発する言葉のひとつひとつを逃すまいと熱心に耳を傾けていました。
日本映画の影響がこの映画につながっている。
大阪の観客の前に登場した監督はまず「もうかってまっか」と大阪弁を披露し、「はじめて大阪に来られてうれしいです」と笑顔であいさつしました。つづくトークセッションでは本作を制作するきっかけや意図を語り、「メロドラマのようなものとして撮りたかった。暴力やセックスという刺激的なものではなく、もっと大人っぽいテーマで映画をつくりたいと思った」とコメント。
また、2020年には病気療養で一年間ほど自宅にこもっていたといい、「そのときに溝口健二監督や木下恵介監督などの日本映画をたくさん観ました。(木下監督作品の)『楢山節考』などに影響を受けたことが、この映画につながっています」と教えてくれました。
演技は俳優たちの即興劇。互いに競い合っていた。
本作の脚本は10ページ程度で、細かなセリフは書かれていなかったそう。主人公のひとりである夫を演じているのは『サスペリア』などで知られているホラー映画の巨匠ダリオ・アルジェントで、俳優を専門とはしていません。「セリフ覚えなんてまったくできないから」というダリオに、監督は「現場でキャラクターを創りあげる形式なので、セリフ覚えを気にする必要はない」と説得して引き受けてもらったのだとか。
実際の撮影でも、監督は設定を指示するだけでセリフや演技は俳優たちにまかせます。夫役のダリオ、妻役のフランソワーズ・ルブラン、息子役のアレックス・ルッツの3人は監督の狙いを理解し、〈誰の即興が一番うまいか?〉と競い合いながら即興劇を楽しんでいたそう。「だから、自然さがある」と監督は自信をのぞかせます。
最後にこれから映画を鑑賞するファンたちへのメッセージを求められると「ぜひ、泣いてください。そして、できれば楽しんでいってください」とストレートな言葉を伝えます。
さらに、上映後には観客とコミュニケーションを取りたいと自ら申し出、大阪のファンを喜ばせていました。
映画『VORTEX ヴォルテックス』
2023年12月8日(金)より、シネ・リーブル梅田、12月15日(金)より、アップリンク京都、シネ・リーブル神戸などで公開。
公式サイト:https://synca.jp/vortex-movie/
© 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – GOODFELLAS – LES CINEMAS DE LA ZONE – KNM – ARTEMIS PRODUCTIONS – SRAB FILMS – LES FILMS VELVET – KALLOUCHE CINEMA