ヴィッセル神戸 アカデミー部 部長 兼 スカウト部 部長
平野 孝 氏
2018年5月、ビッグニュースが日本サッカー界に飛び込んできた、「ヴィッセル神戸にイニエスタ選手が加入」。夢の移籍の実現に、多くのサッカーファンが歓喜の声をあげた。Jリーグ後半戦、ヴィッセル神戸には無数の熱視線が注がれるはずだ。
イニエスタ選手が話題となる数ヶ月前、FCバルセロナへ研修に行ったクラブスタッフがいる。平野孝アカデミー部部長。2002年に選手として在籍し、今シーズン16年ぶりにヴィッセル神戸へ戻ってきた。バルセロナで学んだ経験を糧として、アカデミーの強化に取り組んでいる平野さんに、今の想いを聞いてみた。
イニエスタ選手と一緒にプレーできる今の選手がうらやましい。
16年ぶりにヴィッセル神戸に戻ってきました。経緯は?
「スポーツダイレクターに就任した三浦淳寛から〈一緒にヴィッセルで仕事をしよう〉と誘われたのがきっかけです。彼のことはチームメイトだった東京ヴェルディ1969時代から信頼していましたし、そのヴェルディでともにプレーした林健太郎(現・アシスタントコーチ)にも声をかけていたので、彼らとチーム強化に携われるのは大きな魅力でした」
久しぶりのヴィッセル神戸。印象は変わりましたか?
「ビッグクラブになりうるクラブに進化しているな、と感じました。僕が在籍していた時は楽天がチーム運営に関わっていなくて、クラブの規模は全く違いました。今は世界的な選手を毎年のように獲得し、常に話題を提供しています。日本のサッカー界にとって、貴重な存在になっているのではないでしょうか」
イニエスタ選手の加入という大きなトピックもあります。
「僕らでさえ、〈本当にくるのか?〉と思っていましたからね。トップ・オブ・ザ・トップの選手が来てくれるという夢のような出来事に、クラブの一員として関われていることに幸せを感じています。サッカーをやってきてよかったですね」
選手も期待しているのでは?
「期待しかないでしょう。今の選手にとってイニエスタ選手は憧れの存在。僕からしたら、一緒にプレーできる選手たちがうらやましくて仕方がない」
後半戦はヴィッセル神戸に注目が集まりますね!
「ポジティブな話題が多いのですが、それを結果として残せないと意味がありません。期待が大きいだけに、プレッシャーも大きい。責任を持って取り組まなければと、気を引き締めています」
バルセロナのアカデミーは、
選手の成長が数値化されていた。
今年2月、バルセロナへ研修に行かれたとか?
「林健太郎と一ヶ月間の研修に行ってきました。毎日、FCバルセロナのトレーニングセンターに通って、アカデミーの取り組みを学ばせてもらいました」
研修の経緯は?
「三浦スポーツダイレクターは就任時から、〈アカデミーからトップチームまで一貫したスタイルを確立する〉と考えていて、〈アカデミーの選手たちがトップチームに関わるクラブにしたい〉という想いもあった。アカデミーを大切にし、そこで育成された選手でチーム作りをしているバルセロナは、我々にとって最良のモデルケース。バルセロナと楽天はパートナー契約を結んでいる関係性もあって、研修に参加することができました」
実際に体験されて、どのような印象を受けましたか?
「どの年代の子どもたちも同じスタイルでプレーできている、一貫性を感じました。バルセロナがカンテラ(下部組織)からトップチームまで同じプレースタイルなのは聞いていましたが、小学生年代のカテゴリーも高校生のカテゴリーも同じ練習メニュー、同じコンセプト・考え方で指導していた。年齢によって多少の違いはありますが、コーチから伝える言葉や選手へのコミュニケーション方法も含めて統一されていたのは驚きましたね」
バルセロナらしいですね。
「それを可能にしているのが、科学的なアプローチなんです」
科学的、ですか?
「テータの収集がとにかく細かい。身長・体重といった身体的なところから、このトレーニングをすれば、どれだけの負荷がかかり、どれだけの疲労がでるのか? このトレーニングは、どのような選手を成長させられるのか? 年代別にさまざまなデータを取っています。サッカー選手が成長していく過程を数値化し、膨大なデータを蓄積して分析しているから非常に明確な指導ができます」
感覚ではないのですね。
「感覚で育成している部分はないですね。それに、数字はわかりやすいんですよ。人に《伝える》というのはとてもむずかしいことで、100人のコーチと選手がいたら100通りの伝え方と受け取られ方がある。でも、数字で《10》といえば、誰もが10と受け取ります。100通りあるものを、なるべく一本化できるようにするために数値化はとても重要だと感じました」
それができる環境も整っている。
「バルセロナのトレーニングセンターには約10面のピッチがあって、どのカテゴリーもそこで練習しています。同じ場所にいるからカテゴリーの違うコーチたちも密なコミュニケーションが取れるし、指導の管理もしやすい。バルセロナには、同じコンセプトで指導できているか? をしっかりチェックする部署が設置されているんです」
バルセロナはクラブに合った選手を育てているイメージもあります。
「かといって、選手の個性を抑えつけるような指導はしていません。バルセロナのスタイルを保つために、大枠としてのプレー原則はあります。でも、そこから先に行くために必要なのは選手のイマジネーション。それぞれの個性を伸ばすことも大切にしています。育成を《固定型》《半固定型》《自由型》と大きく3つに分けるなら、《半固定型》になるんじゃないかな」
アカデミーで、一貫性のある育成を。
個人的な意見ですが、アカデミー世代では海外と日本の差がトップチームほど大きくないように感じます。成長の過程で差が出るのでしょうか?
「どうなんでしょう。僕もコレといった答えを持っているわけではないのですが…。でも、ひとつのポイントとして《一貫性》があげられると思います。日本では、指導者が変わることでサッカーの考え方や選手へのアプローチ方法も変わってきます。もちろん、いろいろな方法論や考え方を学べるという利点はあるので、一概に批判はできません。でも、成長の段階で指導がブレてしまうと、子どもたちはどうすればいいのかわからずに迷ってしまうかもしれない。バルセロナのように同じ考え方を持ちつつ、しっかりと数値化された統一感のある指導ができるのは、やはり大きな強みだと思います」
指針となるものを持てると、子どもたちも迷いなくプレーできます。
「ここまでの育成ができるクラブは、日本にはまだありません。でも、海外のビッグクラブと呼ばれているところは、アカデミーに対して予算と人をかけて組織として育成しています。選手が成長しやすい環境が整っていることに関しては、日本との大きな違いを感じてしまいます」
日本でもアカデミーを重要視しています。
「Jリーグがないころは、アカデミーもありませんでした。今は各クラブ、アカデミーを強化しています。ヴィッセルでもチカラを入れていきたいですね」
選手の成長を、
ファン・サポーターに見せる。
バルセロナの経験を活かしてヴィッセル神戸のアカデミーを進化させる。
「それが僕のミッションです。バルセロナで研修させてもらった経験をヴィッセルのアカデミーにどう持ち込めるのか? 今はまだ模索している状況ですが」
育成はむずかしいプロジェクトです。
「一年や二年で結果がでるプロジェクトではありません。でも、ヴィッセルには培ってきたアカデミーの歴史があります。これは貴重な財産です。うまく活用しながら、新しいものを築いていければいいと考えています」
今、取り組んでいることは?
「いろいろありますが、4月からアカデミーに関わってまだ二ヶ月(取材時)。今はいろいろ見て、現状を自分の中で整理している段階です。変えるところと変えなくていいところがあると思うので、まずはヴィッセルのアカデミーがどういう状況なのか? を把握して分析していきます。とはいえ、自分のやれることはわかっているので、背伸びをしすぎず、一つ一つ丁寧に取り組んでいきたいですね」
どんなアカデミーにしたいですか?
「U-12、U-15、U-18のすべてのカテゴリーで一貫性のあるプレースタイルを持ち、理解しやすい統一感のある言葉を使って、すべての選手・監督・コーチが同じ絵を描けるようなアカデミーを作りたい。そのためにも、コーチたちと密にコミュニケーションを取りながら進めています。選手が成長しやすい環境を作るということは、指導者が指導しやすい環境を作ることでもありますから」
アカデミーからのチーム作りですね。ファン・サポーターも、若い選手たちが成長していく姿を見られるのは楽しい。
「それを見せるのが、我々の使命。アカデミーからトップチームに昇格させるだけでなく、そこで活躍できる選手を育成しなければ意味がありません。そして、ワールドカップで活躍する選手を育てたいですね」
楽しみにしています! では最後に、ファン・サポーターにメッセージをお願いします。
「トップチーム同様に、アカデミーも注目してください。若い選手たちは日々成長しています。ファン・サポーターに温かく見守ってもらえると、選手はもっと成長できると思います。各カテゴリーの大会にも出場していますので、応援していただけたらうれしいです」
平野 孝 Takashi HIRANO
1974年生まれ。清水商業高校卒業後、名古屋グランパスエイトに加入。日本代表にも選出され、98年フランスW杯に出場した。02年ヴィッセル神戸に移籍し主軸として活躍。その後、いくつかのJクラブを経て08年からバンクーバー・ホワイトキャップスでプレーし、11年に引退。
Text by Masami URAYAMA