アイン食品株式会社サッカー部 監督 嶋田 正吾氏
昨年、アイン食品がDV1から降格し、パナソニックエナジー洲本は休部が決定した。
苦境に立たされている企業クラブだが、意地とプライドは失ってはいない。
巻き返しに向けて、アイン食品は動き出している。
関西リーグの名門企業クラブ『アイン食品』とは
――アイン食品とは、どんなチームなのでしょうか?
「元々は先代の社長がサッカー仲間と一緒に設立した『大商大クラブ』というのがスタートです。その後、大商大の選手を加えた『大商アイン』と改名して、1990年には学生主体から社会人主体の『アイン食品サッカー部』へと変わりました」
――嶋田さんもアイン食品サッカー部の出身ですよね?
「はい。大学を卒業して2年ほど、このチームでプレーしていました。その後、佐川急便SCへ移籍して、FC岐阜に行きました。最後はSAGAWA SHIGA FCへ行って引退しました」
――企業クラブというのは、どのような感じなのでしょうか?
「企業クラブの良さは、やはり仕事とサッカーの両立ができるということですね。しっかりと仕事をしてから、好きなサッカーができる。それが一番のメリットですね。うちの場合、選手は全員社員になります。練習は18時から1時間~1時間半ほどです。基本的には会社の横のグラウンドで行っていますが、週に1度だけ関西医療大学さんの人工芝のグラウンドをお借りしています」
――練習グラウンドの環境はなかなか厳しいように思いましたが…
「練習環境は整っているとは言いにくいですね。でも、それは関係ないと私は思っています。選手の気持ちで、やる気やモチベーションはなんとでもなります。それを私はFC岐阜時代に経験しました。当時の岐阜はJクラブなのに練習グラウンドがありませんでした。雑草が生えたような土のグラウンドで、プロがプレーしていたんです。それでも勝つときは勝ちます。ということは、環境は関係ないんですよ。チームとして、目標があって、志があって、コンセプトがあれば、環境は関係ない!ということが選手時代に分かりました。なので、逆に他のチームに対しても『こんな環境でもこれだけの成績が出せる』ということをアピールできるようにしたいですね」
――練習自体も厳しいとお聞きしました(笑)
「どうでしょうかね(笑)。私自身はSAGAWA SHIGA FC時代の恩師でもある中口さんに影響を受けた部分が大きいですね。SAGAWAも企業クラブだったので、お手本にしている部分はあります。やるときはやる、休むときは休む、遊ぶときは遊ぶ。そういうメリハリをテーマでやっています」
――SAGAWA SHIGA FCは練習が厳しいことで有名でしたよね…
「そうですね。特に私たちのときは、仕事が月に数回程度で、プロに近い環境でプレーさせていただいていましたから練習での妥協はなかったですね。でも、当時の監督は、ある日『お前たちがボール蹴っている間に、他の社員さんは汗水流して必死に仕事しているんだぞ』とおっしゃっていました。その出来事が印象的で、だからもっと感謝の気持ちやリスペクト精神を持ってプレーしないとダメだ、ということを教えていただきましたね。それを今、私がアインの選手たちに伝えているところです」
――嶋田さんご自身はアインに戻ってきたときから監督になることは決まっていたんですか?
「いえ、現役を引退したときから、サッカーにも、サッカー部にも携わるつもりはありませんでした。普通に就職という感じですね。でも、やっぱり私を育ててくれたクラブに恩返しをしたいという気持ちが芽生えてきて、強かったアイン食品の“復活”をテーマにやろうと思いました」
降格の原因。そして、1部へ返り咲くために
――昨シーズンは降格となりましたが、原因はどこにあったのでしょうか?
「昨シーズンは、リーグで2勝しかできませんでした。技術やプレーに対しての考え方など、個のレベルが違いすぎたというのが率直な印象です。相手ひとりに対して、こちらは2人3人といかざるを得ない場面が多くありました。降格した直後は、選手もすごく落ち込んでいましたね。ずっと1部にいたチームだったので。しかし、新チームになってからはすぐに選手自らが『1年で上がろう!』と自ら言ってくれています」
――それを受けての今シーズンですが、どのような改善を行いますか?
「まずは『個人のスキルアップ』です。止めて蹴る。これを徹底します。私のSAGAWA時代もそうでしたが、強いチームほど基礎に費やす時間はすごかったんです。基礎を舐めてはいけません。止めて蹴る。ダイレクトで蹴る。JFLはもちろんプロでも、キックミスやトラップミスはあります。でも、それを少なくすれば、相手に攻められる回数は確実に減らすことができますから。そして『切り替えの早さ』と『チーム全員のハードワーク』も徹底して行っていくつもりです」
――嶋田さんは現役時代から『チームワーク』も大切にされていましたよね。
「そうですね。それも重要な要素のひとつです。監督に就任してからも言い続けているのは、否定的な意見は一切ないようにしよう、ということです。例えば、プレーの指示ひとつにしても『やれよ!』というのと、『やっていこうぜ!』というのでは、まったく違います。味方のミスに怒っている暇があったら、誰かがカバーして、そのミスを無くすようなチームにしたいと思っています」
――チーム作りにおいて、重要視していることはありますか?
「チームのコミュニケーションとチームの軸を決め、徹底することを重要視しています。対戦相手であっても、コミュニケーションの部分はよくチェックしています。強いチームであっても、文句の言い合いをしているチームって結構あるんですね。そういうチームはだいたい穴がどこかにあると見て、分析しています。」
――チーム構成としては、どのような選手がいますか?
「若い選手が多いですね。そのデメリットがあるとすれば『アイン食品の歴史を知る選手がいない』ということだと思います。厳しい環境の中でも結果を出していた時代の選手がいないことは大きいですね。その先輩たちの背中をみて、成長するということもできませんから。一方で若い選手だからこそのメリットは『乗せると反応が速い』ということがあります。練習時間は長くても90分ほどで、練習中も『やれよ!』ってことはほとんど言いません。『やろうぜ!お前たちならできるよ』って感じで言うと若い選手たちは、気持ちよく動いてくれますから。やらせるのは簡単ですが、なるべく自ら考え、プレーして欲しいと考えています。
――アイン食品の目指すチームスタイルはどんなものですか?
「先ほども言った『ハードワーク』と『早い切り替え』ができるチームです。これは私が在籍していたFC岐阜やSAGAWA SHIGA FCが良かったときのサッカーでもあります。Jリーグでは大木監督時代のヴァンフォーレ甲府や今のサガン鳥栖、世界ではグアルディオラ監督やシメオネ監督のサッカーのイメージですね。そういうことでは、昨シーズンの試合でアミティエ戦がとても印象に残っています。前半リードされていたので、チームに『もう失うものは何もないから、全力で前から行ってみよう!』と声をかけました。それが見事にハマって、後半は試合を優位に進めることができたんですね。結局、試合には負けましたが、昨シーズンで一番印象に残っている試合でした」
企業クラブとして愛されるために
――チームとして、嶋田さんをサポートしてくれる方にはどんな方がいますか?
「コーチングスタッフが2名います。前回監督を務めていた下柳コーチと、高校選手権を制覇した高校でコーチとして経験した沼守コーチが今年から参加してくれています。現在は、この3名で公式戦の準備、日々の練習など、サッカーに関することはすべて対応している状態です」
――社員の方は応援に来てくれますか?
「そうですね。開幕戦は特に多くの方が見に来てくれました。しかし、もっと頑張って、社員の方々にも愛されるようなチームにならないとダメですね。せっかく来てくれるので、『見に来て良かった!』と思ってもらえるような試合をしたいですね」
――企業クラブとして補強面での難しさはありますか?
「補強は本当に難しいです。私たち以外はクラブチームばかりなので、選手は当然ながらサッカーで選んでいきます。いい選手はまわりのクラブに行くことが多いですね。なので、そのためにも今年はいいサッカーをしなければいけないと、切に思いました。成績も上げないといけませんし、1部にも当然戻らないとダメですね」
――アイン食品に入るための方法は?
「昨年まではセレクションでのみの採用でしたが、今年からは私が大学へ行って、まだ進路の決まっていない選手をスカウティングして、練習に参加してもらったりしています。しかし、ここでも昨年降格したことが本当に響いていますね。選手が集まりにくいんです。その点においては、サッカー以外の魅力も出していかないとダメだと思いますね。中には『アイン食品じゃないとダメなんです』と言ってくれる選手もいるので、そう言ってくれる人を大事に育てていきたいですね」
関西リーグへの想いと、今年の抱負
――関西リーグはどのようなリーグだと思われますか?
「JリーグやJFLを目指すクラブが増えて、全国を代表するリーグの一角になってきていますね。ただ現状のレベルとしては、成績だけを見ると低迷しているのかもしれません。全国(地域決勝大会)では、勝てていませんから。個人的には関西が強かった時代を知っているだけに、低迷している感は否めないですね。ただ全国でも1番、力を持っているリーグだとも思っています。これからもまた伸びるリーグ・地域でしょうから、期待はしています」
――関西リーグの魅力はどんなところでしょうか?
「昨年スタッフとして帯同していて一番感じたのは、スタジアムが非常に充実しているところですね。長居スタジアムやキンチョウスタジアムといった、Jリーグや代表戦をやるような場所でプレーできるのはとても魅力的で、他の地域にはなかなか無いところだと思います。選手にとっても高いモチベーションでプレーできますし、観戦される方も無料で良い席で観られますので」
――最後にファンやサポーター、関西サッカーを愛する皆さんへメッセージを
「今年は、全員攻撃・全員守備で魅力あるチームを作りたいと思っています。どの選手いうよりも、全員を見て欲しいですね。スタジアムに来て、もう一度、このチームの試合を見たいと思ってもらえるような試合をしていきたいと考えております。どうぞ応援の程よろしくお願いします!」
Text by Yoshitomi NAKANISHI