いまから60年近く前、世界滅亡を未然に防いだのは、ひとりのイギリス人セールスマンだった――― 1962年に勃発した「キューバ危機」。一触即発となっていた米国とソ連の間で行われていた諜報活動を描いた映画『クーリエ:最高機密の運び屋』が9月23日から全国で公開されています。
スーパーマンでも、プロのスパイでもない、普通のセールスマンがギリギリの状況下でいかに世界を救うのか? 知っておくべき歴史を今に伝えてくれる映画です。
たった60年前に起こった実話。
アメリカとソ連の核武装戦争が激化した1960年代初頭。世界中の人々は、いつ起きてもおかしくない第三次世界大戦の驚異に怯えていました。
そんな緊張感のある時代ですが、この映画の主人公であるイギリス人セールスマンはのほほんと登場します。グレヴィル・ウィンという名のセールスマンは、接待ゴルフで簡単なパットを外して相手に花を持たせる抜け目のなさはあっても、さして特別感のない一般人です。そのウインが、仕事と称して違和感なくソ連と行き来できるという理由で、CIA(アメリカ中央情報局)とMI6(英国秘密情報部)に目をつけられます。“都合がいい”というだけでなんの訓練も受けていない素人を諜報活動に巻き込んでいく、たった60年前に起こった現実にわたしはゾッとしました。
新規顧客開拓の名目でモスクワ入りしたウィンはオレグ・ペンコフスキーという男性と接触します。彼はGRU(ソ連軍参謀本部情報総局)の大佐でありながら、世界平和のために愛する祖国を裏切り、機密情報を持ち出します。自分の役割がそれを西側に運ぶことであることを知ったウィンは、あまりの危険なミッションに恐れをなしますが、ペンコフスキーの想いにふれて覚悟を決め〈運び屋=クーリエ〉となって、モスクワ往復をつづけるのです。
この諜報活動のシーンは非常にスリリング。ギリギリの状況で活動する二人を観ていると、“いつか見つかるのではないか?”とドキドキして目が離せなくなります。
さらに、ウィンとペンコフスキーは諜報活動をとおして互いを知り、活動を越えた友情で結ばれます。とくにペンコフスキーがウィンに寄せる信頼は厚く、心を許せる友にはじめて出会えたのではないか? と思わせるほどうれしそうなのです。
緊張感あふれるこの映画のなかで印象的なのが、ペンコフスキーがウィンに将来のことを語るシーン。あたたかく穏やかな空気が流れる名場面で、わたしは“二人が平和な未来を手に入れられますように”と祈るような気持ちにもなっていました。
もちろん、そうはうまく運ばないのですが…。
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凄みのあるカンバーバッチの役づくりは必見。
物語の後半は、前半のスリリングな流れから一転。ウィンはキリキリと胸が痛くなる過酷な状況に置かれます。この映画の前半を動とするなら、後半は静。ある意味、密室劇ともいえそうな舞台で見どころとなるのは俳優たちの演技です。とくに、ベネディクト・カンバーバッチの姿は必見。彼はカメレオン俳優ではあると思うのですが、執念の塊ともいえるウィンの姿を凄まじい役づくりで魅せています。
政治を越えて友情で結ばれたウィンとペンコフスキーが、どのような運命をたどるのか?
そこは種明かしとなるので、ぜひ映画で確認してください。
最後に、個人的に胸を打たれたシーンを。2回ほどボリショイ・バレエを鑑賞する場面がでてくるのですが、1回目と2回目の鑑賞ではウィンの表情が異なります。とくに2回目の鑑賞時、感情が湧き上がってくる様子にわたしは泣けました。
ちなみに、この映画のキーとなる「キューバ危機」とは。
1962年10月にソ連がキューバに核ミサイル基地を建設していることが発覚し、アメリカが海上を封鎖して対抗。世界は核戦争の危機に陥りましたが、両国が土壇場で歩み寄り、ソ連のミサイルはキューバから撤去されました。この戦争回避に大きな役割を果たしたのが、ウィンとペンコフスキーがもたらした情報であるといわれています。
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映画『クーリエ:最高機密の運び屋』
2021年9月23日(木)より、TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、T・ジョイ京都、TOHOシネマズ二条、TOHOシネマズミント神戸などにて公開。